質問
中国人の夫を持つ日本人女性です。今はロスに住んでいますが、将来は夫の仕事でどこに住むようになるか分かりません。夫の前任者は今は北欧で働いています。子どもはまだ2歳で、私が日本語で話しているので日本語はかなりできます。夫は子どもの将来を考えると、まず英語、その次は中国語を勉強させたい、と言うのですが、私はやはり日本語も勉強してほしいと思っています。でも、そうなると小さな子どもに3カ国語も押し付けることになって、それはかわいそうだと思います。私自身は中国語はできないので、夫とは日本語と英語を交ぜて会話しています。夫は日本に短期留学していたので日本語が結構話せます。日本語ができて就職に有利な時代ではもうないし、中国語ができたほうがいいとは思います。英語が必要だということには2人とも同意しています。英語だけでも習得するのは大変なのに、また違う国に行くことになれば4カ国語目かと考えると頭が痛いです。友達には、「マルチリンガル教育よりも大切なことがあるんじゃないの?」と言われて、それもそうだと思うし、どう考えればいいでしょうか。
回答
国際結婚や海外生活をする親にとって、子どもの言語教育は、大きな課題です。言語の学習は、その文化や慣習、その言葉を話す人々を理解していくことです。親の言語や文化に親しむことは、子どもの自尊心、アイデンティティーの形成にも大きく役立ちます。そして、文化風習の違いを理解し柔軟に対応する能力は、グローバル化が進む現代社会を生きる子どもの大きなプラスとなることでしょう。ですが、そのために費やす時間、労力、お金、能力には親子ともに限りがあるもの。他言語の学習に時間を取られると、ほかの子どもたちとの交流やスポーツの時間が減ったり、現地の国語力で遅れをとることもあるでしょう。言語の習得は乳幼児期から始まるので、子どもの意思を待たずに進めることになり、親の責任は重大です。子どもや家庭への負担を考えると多くの親が悩むところです。
夫は中国語を勉強させたい、あなたも将来の就職には有利と考えているのに、日本語を子どもに勉強してほしいのはなぜでしょう? 日本の家族とつながっていてほしいから? 日本の文化や風習を理解してほしいから? それとも、自分の不慣れな言葉しか子どもが話さなくなることが不安だから? 夫は日本語を話せるのだから、自分の分からない中国語よりも日本語を、と思ってしまうのでしょうか? 日本語を勉強させたい素直な気持ちを夫と話し合ってみてください。言葉に出すこと、夫に説明することで、あなたと子どもに本当に必要なことかどうか、もっと明確になることでしょう。
「マルチリンガル教育より大切なことがある」とも思うということですが、その「大切なこと」とは何なのでしょうか? それは、マルチリンガル教育とは相容れないものでしょうか? どういう大人になってほしいのかある程度のビジョンを持ち、何が大切なのかを明確にすることが重要です。また、一口にマルチリンガルと言ってもさまざまです。簡単な日常会話程度で読み書きできない言語を2、3話せる程度でマルチリンガルと考える人もいれば、すべて母国語並みに読み書き会話ができて初めてそうだと考える人もいます。どこを目指すかによって子どもや親への負担も大幅に変わってきます。ぜひ夫婦で、マルチリンガル教育に関する本を数冊は読み、その専門家や、実際に実践している親や子どもたちに話を聞いてみてください。そうすることで、現実的な利点、欠点、楽しさ、難しさが見えてくると思います。マルチリンガル教育には正解はないし、各家庭で方法もゴールも違うものなのです。何を目指し、何を目指さないのか夫とよく話し合ってください。夫婦で同じ目的、ゴールを持つことは、子どもに安定した環境を与えるために必須と心得ましょう。
たとえ英語だけで教育すると決めたとしても、中国人と日本人の親を持つあなたの子どもは、中国、日本、転勤すれば3つ目の文化や言語に触れて育つことになります。そういった環境を楽しめる、意味ある経験と思える人間に育つことは重要です。あなたは、今の環境をどう感じていますか? 小さい子どもに3カ国語も押し付けることになる、かわいそうだと思うということは、あなた自身が、多言語に囲まれる今の生活にあまりポジティブになれていないのではと感じました。親の気持ちは、子どもに伝わるものです。大変なことも多いでしょうが、今の環境の良い部分楽しい部分にも目を向けてください。子どもが小さいころのマルチリンガル教育は、それぞれの言語を話す大人が話しかけをしたり、読み聞かせをしたりと、多くの文化的行事の機会を与えることでもあります。見方によっては、あなたの子どもは特別な機会に恵まれているのです。あなたが子どもにそういった機会を"押し付ける"のではなく、"与えてあげる"と考えることができれば、子どももそのように感じて育つことができるでしょう。
ほかの子育て同様、マルチリンガル教育も、親の思い通りにはいかないものです。本人の成長に従い、性格や特性に合わせてゴールや方法を修正していかなくてはいけません。その時々にできる精一杯の環境を子どもに提供すれば、後悔はないはずです。どんな言語教育を目指すにしろ、その環境のポジティブな部分に目を向け、家族で楽しんでください。
(スペースアルク 2012年1月掲載)